研修旅行の夜。酒宴の席で私が舞台に登場すると同時に、会場は笑いの渦に包まれた。
勿論、出張捜査へ行かなかった者達は 何がおかしいのか分からずに ポカンとしていたが。
師父は、私の姿を見た瞬間 驚いたように立ち上がり掛けた。
私の台詞と仕草1つ1つに対して、会場からは笑い声が返ってくる。
しかし、参加者の殆どが 笑うかポカンとしている中、師父だけは真剣な表情で 私を見つめていた。
食い入るような 鋭い眼光で、私を見ていた。
そして、私は確信した。
この姿ならば、今ならば、私は想いを遂げる事が出来ると。
拍手喝采の中 舞台を降りた私は、真っ直ぐ師父の下へ(もとへ)向かった。
ビール瓶を手に取り、師父のグラスへ注ぐ。
「どうでした?私の出し物は?」
あえて、モノマネとは言わない。師父とも言わない。
師父は困った様に 私から顔を背けて、ビールを呷った。
「私も頂いていいでしょうか?舞台に上がって緊張したので、喉がカラカラになってしまって。」
空になったグラスを持った師父の手に、私の手を重ねる。
師父の手が、微かに震えた。
「あ、ああ。いいぜ。」
それでも、師父は動揺を隠すようにグラスから手を離すと、ビールを注いだ。
しかし、勢いよく注がれたビールは、グラスから溢れ 私の手やテーブルクロスを濡らしていく。
「あっ。わりぃ。」
明らかに 動揺が顔に現れた師父に対して、私は
「大丈夫です。」
と微笑んで、素早くビールを飲み干す。
そして、口の周りに付いた泡や濡れた指を 舌で舐め取る。
師父を見つめながら‥‥‥‥
師父が息を呑んだのがわかった。
普段、どんなに酒を飲んでも色の変わらないその顔が、見る間に朱を帯びていく。
「ちょっと。呑み過ぎたみてぇだ。部屋に戻る。」
師父は、私から目を逸らしたまま 同席者にそう告げて席を立った。
当然直ぐに 私は、師父の後を追う。
「私も、着替えで部屋へ戻るので、途中までご一緒します。」
私のこの言葉に、師父が可哀想になるくらい狼狽したのがよく分かった。
ここで、私の申し出を断る理由は全く無い。
まさか、着替えをするなと言う訳にもいかないし、呑み過ぎたから部屋に戻ると言った手前、ここに残るわけにもいかないだろう。
師父と同じ階で、エレベーターから降りる。
「アん‥‥‥お前も、この階なのか?」
私に向かって、アンタと言い掛けた途端、師父は忌々しそうに顔を歪めた。
それには気付かないふりをして、
「ええ。」
とだけ答える。勿論嘘だ。私の部屋はここの2階下。
カードキーの電子音と共に、部屋のロックが解除される。
右手でドアノブをひねり部屋に入ろうとした師父の左手を、私は両手で掴んだ。
師父が、弾かれた様に私を見る。
「なっ‥‥‥何だ?」
いつも強気な師父が、うろたえている。
私のこの外見のせいで‥‥‥
あの検事によく似た 顔と髪型と服装のせいで‥‥‥うろたえている‥‥。
「初めて、会った時からずっと‥‥‥。アナタの虜でした。」
掴んだ手をそのまま唇に押し当てる。熱く 酷く汗ばんでいる、その手を。
「アナタの為なら、どんな事でもします。アナタの命令なら、何でも受け入れます。」
師父の喉が鳴った。
「ば‥‥馬鹿なことを‥‥」
「愚かだと嗤って下さい。でも‥‥‥」
上目遣いに見つめる私と、師父の視線が絡んだ。
「アナタへの愛は 止められない。」
次の刹那、激しい力で両手ごと体を引かれた。
強い力で 部屋の壁に押さえつけられ、乱暴に唇を貪られる。
私は 師父の背中に腕を回しながら、今まで 憎くて羨ましくて仕方の無かった あの男に、心の底から感謝をした。
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